3/12

ここから6月までは他人を笑わせようとする日記ではない。
むしろ不愉快なものとなる可能性が高い。
それでも何かしらの興味を持って読んでくれる人間がいるなら幸いである。

この日俺は自殺未遂をしている。
ネタだらけの人生とはいえこれは酷い。

3ヶ月前のこととはいえ
思い出しながら書こうとすると気分が悪くなる。

それでも書こうと思う俺は
なんて阿呆なんだろう。

なんでこんな思いをして不特定多数の人間に
自分の失態をさらそうとしてるのか。

「こんなに俺はサイコだぜ!」という
古き良きサブカル的顕示欲から書くわけではない。
不幸なことに俺は自殺未遂に陶酔できるほど厚顔ですらない。

強いていうならこの世のドン底にいる人間の
よくある自己憐憫である。

「もう誰かと比べて全然幸せじゃん!ていう言い方はやめようよ
一発殴られて世界で一番不幸だと思うやつは
間違いなく世界で一番不幸なんだ…」

一ヶ月ほど前。

どこかの掲示板でみつけた書き込みだった。




一週間前。

俺はとある市販薬を一粒ずつ、全体重をかけ、500錠を粉にしていった。

いまもはっきり思い出せる。
あの錠剤の三つになる割れ方や、
あの乾いたような、鼻の粘膜から進入して脳髄まで侵していくような、
人工的に甘い、微かな粉の匂い。



当日。

朝起きてご飯を食べた。
11時半ごろ、家の車に乗って出かけていった。
コンビニでプリンを二つ、ノートとペンを買った。

山の裏側にある駐車場に車を止めた。
10分くらいで簡単な遺書を書いた。

酔い止めを3錠飲み、
つぶした錠剤の粉をプリンに混ぜて




食った。




粉が余ったので酒に混ぜて飲んだが
結局、流し込めたのは全部で250錠くらいだった。

大量服薬によって死ぬ人間は10人中1人といわれる。

だから、ビニール袋を被り、後ろでタイラップを使い親指同士を縛った…

ファイナル イグジット スーサイド と呼ばれる方法である。



ネットに書いてあったとおり、
酔い止めを飲んでから
20分後のことだった。




俺は意識を 失った。


3/13

昏睡


3/14

昏睡


3/15

目が覚める。
夜中の1時ごろだったらしい。

第一声は「どうなってんのこれ。」

目の焦点が合わない。
左足から点滴が2つぶら下がってる。
拘束具がつけられ、動けない。
小便はチューブにつながれて垂れ流し状態だった。
そういえばオムツを履いていた。



状況はすぐに理解できた、がまったく落ち着いていた。
なぜならまた死ねば良いと思っていたから。

体が良くなったら一日休みをもらって
首を吊るつもりだった。

未遂ではあったが
この死に、痛みはなかった。

苦味はあったが。

自殺というものは
世間で言われるより
ひどく簡単なものなのだ、と理解した。


3/16

昼飯を食べてもいいといわれた。

覚えている。
うどんと、ブロッコリーと、プリンだ。

プリンを見たとたん
鳥肌がたって胃がムカついた。

もう一生プリンは食べられないと思った。


3/20

精神科のある病院に移転した。
フラフラする。

俺の飲んだ市販薬は筋肉を溶かす作用があったそうだ。
おまけに一週間ベッドに縛られていたので当然だった。

いきなり歩けるか?と思ったが歩けた。
慎重に歩かないと転びそうだった。

このあとの精神科でよくみるお年寄りたちの、
歩幅を小さくしてカサカサ歩くあの歩き方と
大して変わらなかったのだろう。