| 上越で演劇展開を行っていたマル丸山が、城北で演劇指導(青少年演劇集団スタートライン)を行っていた時の教え子、デーブ蟻坂(スタートライン1st)のひと言・・・「マルちゃん、もう一度芝居がしてぇー」の言葉で決意。城北中学校出身者という母校の固い絆をバックに、この街の演劇をリードできる強力な劇団を作りたい!との思いを持った丸山翔太・横田透(スタートライン4th)青山武(現ガテンボーイズ・リーゼ青山)ら12人の城北中卒業生と現中学2年生の栄治郎と寛之(幼年野球・新町ライナーズの教え子でのちに寛之はスタートライン6th)を混ぜ込んだむさ苦しい城北純血の男14名で、当時所属していた劇団サンフェイスを電撃退団後、突如2000年4月に結成。しかしあまりのレベルの低さに「劇団」を名乗れず「演芸集団」上越ガテンボーイズ」として同年8月に旗揚げ。ダンス・殺陣・お笑いを中心に据えた「五目ちゃんぽんステージ」を完成。お祭りイベントやゲリラライブ、NPOくびきのフェスタなどいわゆる「営業」活動を並行で展開。2001年に上越市民プラザ開館とともに実験劇場シリーズを開始。市民プラザの屋上グラスハウスで初のライブを決行し、他の団体の人から「先を越された」と悔しがられる(笑)その後、老舗劇団サンフェイスの活動休止によりこの街に劇団がなくなってしまうという緊急事態に即対応、「劇団上越ガテンボーイズ」に改称し、「3年B組銀八先生」で雁木通りプラザ前広場にて野外旗揚げ公演のウルトラCを遂げ、上越の演劇界に堂々デビュー。そして運命を変える全国非行防止大会新潟大会でまさかの公演依頼が舞い込む。しかも県内屈指の劇場「りゅうとぴあ」。初めてとも言える劇団会議を繰り返し、真摯にいいものを作るという情熱がぶつかりあうほんとの意味での「劇団」としての「機能」が産声を上げる。結果、ホームレスの暴行殺害してしまった高校生の葛藤を描いた初期の代表作「失われるとき」(菅原弘道 作)を渾身の思いで上演。大好評を博し、紫雲寺町をはじめ、県内各地を巡回公演依頼を受ける。。その後城北中学校改築により、稽古場を失う大ピンチに見舞われ、座長がかねてから抱いていた夢の常設稽古場兼劇場「シアターhome/G」を持つという清水の舞台から完全に飛び降りた(爆笑)くらいのポンコツ青春ストーリーとも言える超無謀な計画を断行、わずか2週間で建設・こけら落とし。その後も本公演年4回、実験劇場毎月1回という怒涛の公演ラッシュを行い、超ハングリーガッツ精神で劇場運営を軌道に乗せる。その後は城北スタートライン出身者(5th、6th、7th、8th、10th、11th)が続々入団、と同時に城北中のみにとらわれず、やる気のある人材にも門戸を広げ、ガテンを経て上京し俳優修業を営むいわゆる「卒業」OBOGも輩出。東京に負けてはならんと座長・マル丸山、の更なる挑戦が・・・それはこの町を演劇の花で満開にすること・・・東京下北沢の本多さんのように小劇場をたくさん産み出すこと・・・いわゆる「上越市・下北沢計画」をこれまた超無謀な青春ポンコツロマンを求めて断行。2008年・構想から8か月をかけ、雁木立ち並ぶ本町通りにガテンボーイズとして2店舗目になる新稽古場兼劇場・雁木7丁目劇場「ジャンジャン下北沢」を建設。高田が誇る「雁木」からこの雪国でしか味わえない新たなる演劇作りを試みている。ガテンの由来は「肉体労働者」という意味が込められている。(座長が板金屋の3K労働者だからである!) |